2008年12月 9日

1/64スケール 痛車ミニカーコレクション (らき☆すた) スカイネット製 トレーディングフィギュア(ミニカー)

 こんにちは~!
本日8回目の更新は、先月頭にスカイネットさんから入荷し瞬く間に完売となってしまった
”1/64スケール 痛車ミニカーコレクション (らき☆すた)”
をどうにかこうにか再手配致しましたのでご紹介させていただきます!

 この商品は、
”1/24プラモデルにて、「痛車シリーズ」を展開するアオシマから、
 新アイテムとして、1/64ダイキャストミニカーの痛車が発売決定!
 ボディにラッピングされるキャラクターは「らき☆すた」をチョイスし、
 ブルー、レッド、イエロー等のボディに、「こなた」「かがみ」達が舞い踊ります”となっています!

  それでは、ご購入のご参考に画像を貼り付けておきますので、
ご参考にしてみてくださ~い!ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪
・1/64スケール 痛車ミニカーコレクション (らき☆すた)
sky_itasya_tf_raki_1.jpgsky_itasya_tf_raki_2.pngsky_itasya_tf_raki_3.jpgsky_itasya_tf_raki_4.jpgsky_itasya_tf_raki_5.jpgsky_itasya_tf_raki_6.jpgsky_itasya_tf_raki_7.jpgsky_itasya_tf_raki_8.jpgsky_itasya_tf_raki_9.jpgsky_itasya_tf_raki_10.jpg
購入はこちらからになります(>.<)

 WIKIによる”らき☆すた”の概要は
”小柄でアニメやゲームが大好きなオタクな女子高生泉こなたとその友人でゆったりした性格の柊つかさ、
 つかさの双子の姉でしっかりものでツッコミ役の柊かがみ、
 容姿端麗で博識ながら天然な所がある高良みゆきの4人を中心として、
 その周囲の人々も含めたまったりとした普段の生活を描いている。
 タイトルは“Lucky Star(ラッキー スター)”が原義であり単行本表紙のロゴにもそうデザインされている。
 作者の美水によれば「女の子が学園生活を送る漫画のタイトル」としてイメージした結果、
 女優が演じるという意味合いの「スター」と
 「幸運」や「気まぐれ」という意味を持つ「ラッキー」をあわせたとしている。
 そもそもは連載を予定していた作品ではなくコンプティーク誌で急に生じた空きページを埋めるための掲載だったが
 人気を博したため連載される運びとなり、その後少年エースやコンプエースなど、掲載誌も増えていった。
 2005年8月24日にドラマCDが発売された。
 さらに2005年12月1日にはニンテンドーDSで『らき☆すた 萌えドリル』が、
 2007年5月24日には同じくニンテンドーDSで続編の『真・らき☆すた萌えドリル 〜旅立ち〜』が発売された。
 そして、2007年4月から9月にかけてテレビアニメが放送され、
 それに連動する形で2007年1月からラジオ番組『らっきー☆ちゃんねる』も放送が開始。
 また『真・らき☆すた』の予約特典であった恋愛アドベンチャー
 「らき☆すら -Lucky☆Star RAvish Romance-」が2008年1月24日に
 プレイステーション2用アドベンチャーゲーム
 『らき☆すた 〜陵桜学園 桜藤祭〜』というタイトルに変えて発売された。
 2008年夏にはOVAとアニメ版キャストによるドラマCDが発売された。
 またサイドストーリーとして、登場人物の一人で情報ページ『らっきー☆ちゃんねる』の
 キャプテン・小神あきらを主人公にした『あきらの野望』『あきらの王国』がコンプエースで、
 『萌えドリル』シリーズのオリジナルキャラクター、宮河ひなた・ひかげ姉妹を主人公にした
 『宮河家の空腹』がコンプH'sでそれぞれ連載されている。
 主な登場人物4名はマンガ連載開始時は高校1年生であり、当初は実際の年度が進むに従って
 リアルタイムに進級していた。
 その後アニメ化などにともない、編集部の方針によって、
 高校3年生の2学期以降は時間の流れが実質的に停止、
 アニメの方の展開が一段落した2008年に入ってからまた流れが進むようになり、
 第6巻のepisode 169-171で卒業している。
 なお、アニメでは第13話までは2年生、第14話からは3年生である。”となっています!

2008年1月15日

ラリーカーコレクション エクストラ コリン・マクレーメモリアル(8台セット) シーエムズコーポレーション製 ミニカー

 こんにちわ~!
本日4回目の更新は、シーエムズコーポレーションさんから
今月ちょっと前に発売になった
人気シリーズ”ラリーカーコレクション”のスポット商品
”ラリーカーコレクション エクストラ コリン・マクレーメモリアル(8台セット)”
を若干数ですが再手配させていただきましたのでご紹介させていただきます!

 この商品は、
”誰からも愛されたモータースポーツ界のスター『コリン・マクレー』豪快なスピードと派手なクラッシュ、
 「壊し屋マクレー」の異名を持つWRC界の愛すべき偉人コリン・マクレー。
 1993年のニュージーランドラリーでは自身とチームにとって初の勝利を手に入れ、
 また、マニファクチャラーズタイトル3連覇をももたらした
 スバルのラリー活動を語る上で決して外す事の出来ない立役者。
 彼のあまりにも突然の、早すぎる死を悼み、コリン・マクレーメモリアルをお届け致します。
 現在では入手困難なSS.1スバルからも数台、クオリティーアップして再ラインナップしますので、
 SS.1スバルを買い逃した皆様もご期待ください。”となっています!

 それでは、ご購入のご参考に画像を貼り付けておきますので、
ご参考にしてみてくださ~い!ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪
・ラリーカーコレクション エクストラ コリン・マクレーメモリアル (8台セット)
cms_rarika_korin1_1.jpgcms_rarika_korin1_2.jpgcms_rarika_korin1_3.jpg
cms_rarika_korin1_4.jpgcms_rarika_korin1_5.jpgcms_rarika_korin1_6.jpg
cms_rarika_korin1_7.jpgcms_rarika_korin1_8.jpg
購入はこちらからになります(>.<)

 WIKIによる”コリン・マクレーン”のレーシングスタイルについての説明は
”コリンといえば豪快なドリフトが代名詞であった。
 コーナー直前からドリフトを開始し、コーナーの道幅を大きく使い
 ほぼ横向きになりながらコーナーを通過し抜けていく彼のスタイルは非常に多くのファンを魅了した。
 彼はイギリスのある自動車番組の中で、WRカー(フォード・フォーカス WRC)を用いてサーキットを走ったところ、
 コーナーで軽くドリフトを見せるなど「らしさ」を見せ付けた。
 しかしながら、ドリフト走行は見栄えこそ良いものの、コーナリングにおいては無駄の多い走り方である。
 グラベルにおいては(ある程度の)ドリフトは有効であると言われているが、
 セバスティアン・ローブやペター・ソルベルグに代表されるグリップ走行重視のドライバーの成績を見た限りでは、
 コリンのような過度のドリフト走行のスタイルは時代遅れとなってしまった感もあり、
 晩年のWRCにおける成績の低迷に繋がったと見られる。”となっています!

2007年12月13日

TMW(タカラ マイクロワールド) 東京タワー物語 タカラ製 トレーディングフィギュア

 こんにちわ~!
本日6回目の更新は、流通業者さんから
大人気商品!(フィギュアファンからお問い合わせが凄いですね~)
”TMW(タカラ マイクロワールド) 東京タワー物語”の画像をいただきましたのでご紹介させていただきます!

takara_tmw_toukyoutower_t1.jpgtakara_tmw_toukyoutower_t2.jpg
 この商品は、
”レアアイテムにはLEDが内臓されており、ライトアップした状態が楽しめます!
 東京タワーは時代・時期によって形状・塗装の違いや
 ライトアップの色合いなどのバリエーションがあります!”となっています!

 それでは、ご購入のご参考に画像を貼り付けておきますので、
ご参考にしてみてくださ~い!ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪
・TMW(タカラ マイクロワールド) 東京タワー物語
takara_tmw_toukyoutower_1.jpgtakara_tmw_toukyoutower_2.jpgtakara_tmw_toukyoutower_3.jpgtakara_tmw_toukyoutower_4.jpgtakara_tmw_toukyoutower_5.jpgtakara_tmw_toukyoutower_6.jpgtakara_tmw_toukyoutower_7.jpgtakara_tmw_toukyoutower_8.jpgtakara_tmw_toukyoutower_9.jpgtakara_tmw_toukyoutower_10.jpg
購入はこちらからになります(>.<)

 WIKIによる”東京タワー”の説明は
”東京タワー(Tokyo Tower)とは、
 東京都港区芝公園四丁目にある頂点より赤色(正確にはインターナショナルオレンジと呼ばれる)と
 白色を交互に配した塗装の東京地区の集約電波塔
 (塔、煙突など高層建築物は航空の運航障害となり得、頂部を赤にする事を塗装の義務とする)。
 1958年(昭和33年)10月14日に完成した。一般的に東京のシンボル・観光名所として知られている。
 地上アナログ・デジタルテレビジョン放送(VHF・UHF)及びFM放送のアンテナとして放送電波を送出する他、
 東日本旅客鉄道(JR東日本)の防護無線用アンテナと東京都環境局の各種測定器を設置。
 設計上は最上部で風速100m、下部で風速80mに耐え、
 また関東大震災の2倍クラスの大規模地震でも安全という事になっている。”となっています!