2010年6月 6日

戦国武将シリーズ 井伊 直政 インターナショナル版 メガハウス製 フィギュア

 こんにちは~!
本日の更新は、棚卸しによる倉庫の整理で発掘致しました商品をご紹介させていただきます!

 今回ご紹介させていただきます商品は、
”戦国武将シリーズ 井伊 直政 インターナショナル版”となります!

 この商品は、
”赤備えの武具を用いて、
 戦国の世に名を知らしめた沈毅の武将"伊井 直政"が、DID「戦国武将シリーズ」にラインナップ!
 鎧は金属製、鎧の結びには紐を用いるなど、
 実物に忠実な素材を使用した脅威のディテールを1/6スケールに凝縮した細部表現は圧巻!
 また、細密に再現されたパーツも付属。インターナショナル版には、
 植毛された特別版とは違う表情のヘッドパーツが2種付属。
 また、デザイン違いの陣羽織も付属します。”となっています!

 それでは、ご購入のご参考に画像を貼り付けておきますので、
ご参考にしてみてくださ~い!ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪
・戦国武将シリーズ 井伊 直政 インターナショナル版
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 WIKIによる”井伊直政(関ヶ原の戦い)”の説明は
”慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは家康本軍に随行し、
 本多忠勝と共に東軍の軍監に任命され、東軍指揮の中心的存在となった。
 同時に全国の諸大名を東軍につける工作を行い、
 また合戦においても家康の四男・松平忠吉(直政の娘婿)をよく補佐して忠吉と共に当初、
 東軍の先鋒を任されていた福島正則を差し置いて先鋒を務めた
 (本来ならば、直政も忠吉も軍令違反で処罰の対象になるが、
 家康は直政の駆け抜けを認めたため、処罰を命じなかった)。
 その後の直政と忠吉の行動に関しては2つの説がある。
 1つは宇喜多秀家の軍・小西行長の軍と戦ったと言う説。
 もう1つは、敵中突破退却を図ろうとする島津義弘の軍と戦ったと言う説。
 最近では島津軍と戦ったという説が有力であるとされている
 (直政は開戦当初から義弘の軍と戦う決意を固めていた)。
 この戦いで義弘の甥である島津豊久を討ち取った。
 しかし、義弘の軍を追撃している際に敵の銃弾が右肘関節
 (記述によっては右肩または左腕)に命中し、落馬してしまう。
 関ヶ原の戦いの後は西軍の総大将を務めた毛利輝元との講和、山内一豊の土佐入国の援助、
 徳川氏と島津氏の和平交渉の仲立ち
 (直政自身は和平交渉が完全に終了する前に亡くなったので、
 その後の和平交渉の仲立ちの役目は本多正信に引き継がれた)などと言った
 戦後処理と江戸幕府の基礎固めに尽力し、これらの功によって、
 石田三成の旧領である近江国佐和山(滋賀県彦根市)18万石を与えられた。
 また、この頃家康が直政・大久保忠隣・本多正信・榊原康政・本多忠勝・平岩親吉ら
 6人の重臣を呼び集め、自分の世嗣を誰にするか尋ねているが、
 直政はこの時自分の娘婿である忠吉を推している。
 しかし結果的には忠隣が推した徳川秀忠が世嗣となった。”となっています!

2008年6月17日

マイコン ジェームス・ディーン 1/6スケール アクションフィギュア カウボーイ ホットトイズ製 フィギュア

 こんにちは~!
本日1回目の更新は、今月10日頃に入荷してきました、
海外メーカー”ホットトイズ”さんの大人気フィギュア
”マイコン ジェームス・ディーン 1/6スケール アクションフィギュア カウボーイ”
を若干数ですが再手配いたしましたのでご紹介させていただきます!

 この商品は、
”ホットトイズの1/6スケールフィギュアから新ライン『マイコン』がスタート!
 第1弾は1950年代に彗星のように駆けた名優ジェームズ・ディーン!
 死後も女性だけではなく、男性をも魅了してやまなかった端正な顔立ち、
 彼のファッションとして欠かせないジーンズを完全再現!
 ハットやタバコの付属パーツのみで派手さはないものの、
 ジェームズ・ディーン本体だけで十分な存在感はサスガ!
 24歳という若さでこの世を去った彼を独り占め!”となっています!

 それでは、ご購入のご参考に画像を貼り付けておきますので、
ご参考にしてみてくださ~い!ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪
・マイコン ジェームス・ディーン 1/6スケール アクションフィギュア カウボーイ
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 WIKIによる”ジェームス・ディーン”のキャラクター紹介は
”インディアナ州のマリオンに生まれ、フェアマウントで育った。
 母親を9歳の時に亡くし、父方の伯母夫婦に育てられた。
 高校時代から演劇に興味をもち、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の演劇科で学んだ。
 舞台やコマーシャルなどに出ていたが、更に俳優としてのキャリアを追い求めるために中退、
 ニューヨークに移った。そこで1950年代の『Kraft Television Theater』、
 『Danger』や『General Electric Theater』のようなテレビ番組の何編かに出演した。
 彼はアンドレ・ジッドの『背徳者』に心酔して、ハリウッドへ行き、映画スターとなることを夢見るようになる。
 『Sailor Beware』のようなつまらない映画の端役をいくつかこなした後、
 1955年に『エデンの東』のカル・トラスクで初めて主役を演じて、認められた。
 彼はこの役でアカデミー賞の最優秀主演男優賞にノミネートされた。
 この後、続けざまにその年の『理由なき反抗』で主役を、『ジャイアンツ』で準主役を演じ、
 『ジャイアンツ』ではまたもやアカデミー賞にノミネートされることになる。
 但し『ジャイアンツ』のジェット役を演じることは彼は乗り気ではなかったようである。
 スピード狂で知られていたディーンはシルバーのポルシェ・550スパイダーを運転中に交通事故で亡くなった
 (現場は110 Freeway: Los Angeles - Pasadenaと言われている)。
 『ジャイアンツ』の公開前だった。亡骸は故郷のフェアマウントにある 公園墓地に埋葬された。
 最初の長編出演(feature role)でアカデミー賞にノミネートされたのは彼を含めて五人しかおらず、
 また死後に二度ノミネートされたのは彼しかいない。
 イタリア人女優ピア・アンジェリとの恋は有名。
 彼は、とくに『理由なき反抗』の演技で1950年代の若者の反抗を端的に表現した。
 このため同時代の多くの若者は彼をモデルにして、彼の死は多くの同世代の人々に暗い影を落とした。
 短すぎるキャリアと衝撃的な死、
 それに公開葬儀が彼をまぎれもなく時代を超えた魅力を持つ崇拝の対象にした。”となっています!

2007年12月14日

NHK人形劇「新八犬伝」 犬塚 信乃 タキコーポレーション製 フィギュア

 こんにちわ~!
本日2回目の更新は、タキコーポレーションさんから発売された
人気フィギュアシリーズ”NHK人形劇「新八犬伝」”シリーズの第1弾!
”NHK人形劇「新八犬伝」 犬塚 信乃”を
流通業者さんに頼み込んでいくつかもらってきましたのでご紹介させていただきます!
(年末に向けてかどうかわからないんですが、ココにきて凄い問い合わせなんですよね~)

 この商品は、
”NHK人形劇シリーズで初の時代劇として
 大人気をはくした作品主要キャラクターを初のフィギュア化です!
 人形作家の辻村プロデューサー氏の監修を得て立体化!
 新八犬伝ファンなら垂涎の特別パーツも・・・・。”となっています!

 それでは、ご購入のご参考に画像を貼り付けておきますので、
ご参考にしてみてくださ~い!ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪
・NHK人形劇「新八犬伝」 犬塚 信乃
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 WIKIによる””キャラクター説明は
”孝の珠を持つ。長禄4年(1460年)7月、武蔵大塚で生まれる。
 父は犬塚(大塚)番作、母は手束(たつか)。
 読者の前に最初に姿を現す犬士であり、八犬伝前半の主役と言える。
 番作夫婦には幾人かの子があったがいずれも夭折しており、
 元服まで性別を入れ替えて育てると丈夫に育つという言い伝えに母が願いを託したため、
 女名をつけられ、女装で育てられた。
 父が自害したために後を追おうとし、瀕死の与四郎犬を介錯した際、
 その首から飛び出した珠が当たった左腕に牡丹の痣が生じた。
 蟇六夫婦に引き取られ、その養女・浜路を許婚とした。
 使用する太刀は足利氏の宝刀・村雨丸。脇差は桐一文字。”となっています!